Dec 24, 2010
直接講師を選択して楽しかった教習所
自動車免許を取るために通っていた教習所にはとても楽しい所でした。そこの教習所は教官を手動で選択することができます。の機会に自分のカードを入れて、教習したい日付と時刻を選択した場合は講師も選択できます。だから私は、自分と相性のいい講師を選択しました。その講師は優しく丁寧に教えてくれるので、授業が楽しかったです。合宿免許は、時間がない人や、早く免許を持っている人におすすめです。宿泊入れて集中的に学習することで、短期間で免許を取得することができます。合宿免許でもしっかりとした個室で、設備も整っていて、個人でもしっかりしているので安心して受けることができます。また、価格面に関しても、有益な面も多くの一般的な免許証の取得に比べて、メリットも多いです。
■22年間の浪人 23回目で司法試験に合格 自分をひたすら信じて
受験にたとえると、22年間におよぶ浪人生活。普通なら見切りをつけて別の進路を探すことを考えます。逆境でも常にプラス思考の神山昌子さん(66)は23度目の受験、59歳にして最難関といわれる司法試験に合格しました。勝因は「自分をひたすら信じること」。(日出間和貴)
◆落ち込む暇もなく
自他ともに認める能天気な性格だ。少しぐらいつらいことは笑って吹き飛ばす。「正直、落ち込む時間がもったいなかった。そのたびにショックは受けても、気がつくと来年の準備に取りかかり、新たな判例が出ると、『また、覚えなきゃ』という気持ちになっていた。その繰り返しでした」
短答式、論文式、口述と続く司法試験の中で、最後の口述にたどり着くまでに大半の受験者が振り落とされる。平成17年、23度目の試験では最後の口述で失敗。しかし、それは本人が勝手にそう思っていただけだった。
半ばあきらめていたところに、一緒に受験した友人から「合格」を知らせるメールが届いた。「半信半疑の気持ちで、自分でも確認しに行って、ようやく実感した」
生きていくため、受験中も何らかの職業に就いていた。保険のセールス、クリーニング店の受け付け、居酒屋の店員、市役所のバイト…。「最初は社員だったのが、最後の方はバイトのような形で働いた。いつか合格すれば、少しは生活が安定すると信じていた」
◆支えてくれた長男
37歳で司法試験に初挑戦した。その理由の一つに、日本の法制度に対する不満や不信感があった。夫との離婚、父親が連帯保証人になったために負わされた借金…。人生の修羅場になるたびに「法律の壁」が立ちはだかった。
「結婚は簡単にできるのに、別れるときはきちんとした離婚原因がないと別れられない。連帯保証人にしても、いったん保証人になると本人に代わって借金を背負わされてしまう。法律家になった今でも理解できないことがある。信じられるのは自分だけ」
「原点」は20歳の一人旅にあった。
海外旅行が自由化された昭和39年。周囲が猛反対する中で、父は500ドルだけ渡すと「行ってきなさい」とだけ言った。移民船「ぶらじる丸」に乗ってロサンゼルスに到着。初めての外国の地で約4カ月間、単身で過ごしたことで「最後に頼れるのは自分」という考えが形成された。
だれかのためではない。究極の自己実現のためのチャレンジだったが、合格の裏には家族の精神的な支えがあった。女手一つで育てた長男の存在が大きい。
司法試験で何度つまずいても、「もう、やめたら」と一度も言わなかった。母の君枝さんが87歳で他界したときも「お母さんは大事な試験の準備をしていて」と、葬儀の一切を仕切った。余計なことを言わず、母の夢の実現をそっと見守った。
◆人生経験が強み
弁護士として歩み始めて6年。予想していたとはいえ、現実は甘くなかった。
「いろんな人の人生を背負ってしまうのがこの仕事。家に帰って湯船につかっているときも、その人のことをずっと考えている。一つ一つ、全部真剣にやっていったら、神経が参ってしまう」。常に前のめりの神山さんから珍しく弱音がのぞく。
ある離婚相談で依頼者に泣きつかれた。夫の不倫を涙ながらに訴える女性。しかし、十分な証拠が得られない。弁護士としてどうすることもできなかった。同性としても悔しかった。弁護士の仕事は証拠がないことには望みをかなえられないことを改めて知った。
裁判制度にも悔しい思いをさせられることがある。「一般的に1審で敗訴したら、次は控訴と考えがち。しかし、実際には新たな証拠がないと却下される。ベテランの弁護士はそれで納得してしまいますが、私には合点がいかない」
弁護士に定年はない。しかし、神山さんに残された時間は多くない。「周囲から『辞めたらいいのに』と言われながら続けたくはない。でも、せっかく弁護士になったのだから80歳までは続けたい。息子には『引導はあなたが渡すのよ』と言ってあります」
若い弁護士のようにパソコンを器用に使いこなせるわけではない。体力や記憶力でもかなわない。しかし、数々の挫折とつづら折りのような人生経験が強みになる。人情派弁護士として、あと何人の痛みを分かち合えるだろうか。
◇
≪Plus≫
−−少女時代はどんな子供でしたか?
「とにかく本好き。図書館に行って『あ行』から始まって片っ端から小説を読んでいました。『大地』『カラマーゾフの兄弟』『嵐が丘』『レ・ミゼラブル』…。ギリシャ神話にもはまりました」
−−失礼ながら、22回不合格というのは法曹界で初めて?
「最近、司法試験に25回落ちた人がいるという話を聞きました。しかし、受験生の大半は大学在学中から受けているので、60歳目前で受かった人は初めてかもしれません」
−−著書「苦節23年、夢の弁護士になりました」の評判がいいですね
「プライベートな部分もさらけ出しているので、小さな出版社から出したかった。一度テレビに出演したら反響が大きくて…。事務所のボスに本を持っていくと『あなたの性格がよく分かります』とひと言。きっと私の能天気な性格のことでしょう(笑)」
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【プロフィル】神山昌子
かみやま・まさこ 昭和19年、栃木県小山市生まれ。国際基督教大卒。商社に6年勤務。長男を出産後に離婚。司法試験に22回連続で失敗し、59歳で合格。北海道旭川市での新人時代を経て、現在は東京都内で活動する。挫折の日々と弁護士としての奮闘ぶりをつづった「苦節23年、夢の弁護士になりました」(いそっぷ社・1680円)を今年2月に出版。好きな言葉は「あしたはあしたの風が吹く」
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